耐火ケーブル製造・販売分野において全国屈指のシェア率を誇る冨士電線株式会社。昭和40~50年代の火災事故を受けて、祖業であったバインド線・ビニール絶縁電線の開発・製造から一転、耐火ケーブル製造・開発事業への注力を開始。多くの命を脅かす施設火災から人々を守るというビジョンを掲げ、熾烈な業界競争に勝ち抜いてきた同社が、2021年、ついに「一時間耐火ケーブル」開発に成功した。そして、同社の耐火ケーブル製造を支えてきたメインパートナー企業の一社が、岡部マイカ工業所であることは知る人ぞ知る事実だ。本インタビューでは、長年にわたって確固たるパートナーシップを掲げてきた両社の担当者を招き、当事者しかわからない開発秘話や苦労話、今後の展望を語ってもらった。
- 冨士電線株式会社
- 生産本部 前甲府工場長 岡崎英明 様
- 生産本部 伊勢原工場 電力技術課長 茂木淑豪 様
- 株式会社岡部マイカ工業所
- 取締役 営業統括部 部長 岡部武夫
- 成型事業部 成型製造部 部長 原田哲次
「次世代の耐火ケーブルの開発を目指して」 二社が同じ目標を掲げるに至った経緯
岡崎様
当社はおかげさまで、耐火ケーブル製造においてはマーケットシェアナンバーワンの実績をおさめていますが、耐火ケーブル製造が祖業だったというわけではありません。創業26年当時の祖業は、バインド線やビニール絶縁電線の開発・製造でした。特殊な機能を有する線ではなく、シンプルに『電気を流す線』の製造分野で技術を磨き、着実に成長を続けてきました。その努力が実り、平成に入ってからは日本を代表する大手インフラ事業会社に御贔屓にして頂けるなど、ご縁にも恵まれた環境だったようです。
岡部
あらためてお伺いすると、ダイナミックな成長をされておいでですよね。そして、成長まっさかりの時期である昭和40年代に、相次いで各地のホテルやデパートで大火災が発生しました。九州に本社がある当社の場合、特に痛ましく思うのは、熊本県の大洋デパートの事故です。
多くの人が亡くなった火災事故を受けて、消防法令において、既存不適格の防火対象物に対する消防用設備の設置及び技術基準が変更されました。耐火ケーブルもその対象の一つですが、それまでは、耐火ケーブル自体、少々マイナーな存在だったそうですね。ただ、耐熱性能を発揮するマイカの素材メーカーである当社は、大いに使命感を感じ、一念発起した経緯がありまして。冨士電線様は、当時どのように対応されたのですか?
岡崎様
伝え聞いているところによれば、当時の社長も、やはり世相から、今後は耐火ケーブルの需要が高まると着眼したようです。消防法の改正は、ホテル、デパート、病院などの大型施設を対象としていましたし、大型建築物の需要が高まっているさなかの法改正でしたから。
岡部
例の火災事故発生後の検証では、施設内で火災が起きたとしても、非常灯、スプリンクラー、エレベーターなど、避難経路上で重要な役割を果たす設備が最後まで機能していれば、被害をもっと抑えられたかもしれない、という報告が上がっているそうです。消防士が救助活動をするうえでも、避難経路上の施設が生き残っていることは重要ですからね。
岡崎様
その通りです。昭和44年3月、東京消防庁で「非常電源強電回路(600V)」以下に用いる露出配線用耐火電線 としての試験基準」が定められたことから、耐火ケーブルの開発を開始しました。昭和47年6月に自治省消防庁より認定を受け、耐火ケーブル「SHFA」の生産工場として第1歩 をスタートしています。
先見の明で着手しはじめた冨士電線の耐火ケーブル製造事業。
全身全霊の開発姿勢に応え、寄り添った岡部マイカ工業所
岡崎様
とはいえ先にお伝えした通り、当社は当時、特殊機能を有する線の開発技術は持っていませんでした。特に、導体の上に炭酸カルシウムの粉末を成型装置で圧着する工程に苦戦したそうです。熱に強く柔軟性があるガラスクロス(ガラスの網のようなもの)の縦添えとガラスヤーンの横巻きで粉末の脱落を押えなければいけない耐火層構造となっていました。安定した耐火性能を得るのに相当の熟練を要するケーブルであったと聞いています。マイカテープを使用するという選択肢については、ないわけではなかったのですが、当時は思うような品質の製品がないと考えられていたそうで…。このあたり、岡部さん、何かご存知ですか?
岡部
ここは、当社のベテラン、原田さんに聞いてみましょう。
原田
おそらく、初期耐火ケーブルの欠点についてのご指摘なのではないかと思います。マイカとガラスが付着する『背面現象』が起こることが問題視されていた時期ですね。当社の場合は、マイカの粉末を付着させることで防止対策に取り組んでいましたが、やはり十分な対策とは言えず、やがてガラスがフィルムに代わるなどの変化もあり、結局、昭和50~60年の10年間くらいは背面現象に悩まされ続けてきましたね。その間、マイカ、接着剤、ガラスクロスなど原料の見直し、製造条件の改善、そして評価方法の変更と、あらゆる改善に取り組みました。そもそもマイカは経時劣化をするので、製造したての段階で品質を証明することが非常に重要なのです。
岡部
評価方法の変更は重要ですね。ご納品後、保管状態や保管時間によってはマイカの経時劣化が加速してしまいますから。当時はなぜそのような事態になってしまうか判っていなかったこともあり、模索しながら原因を探っていました。
岡崎様
改めて聞くと、今の品質は歴代の努力の結晶だと感じますね。私が技術部門に配属されたのは平成17年。当時のわが社は、消防用ケーブルメーカとして生き残り・勝ち残りを掛け、ケーブルに使用するマイカテープの原価低減を進めていました。その時点では既にマイカの品質は安定していたので、今のお話には時代を感じます。平成17年当時、当社の製品は、値段がやや高い、太くて扱いにくいという評価を一部のお客様から頂いていました。これをなんとか改善しようと、値段の引き下げ、外形のスリム化、使い勝手の改善を目指して製品開発をしていました。目標は、「840度に30分間耐えられるケーブルの開発」です。
岡部
岡崎様からご相談頂いたのもちょうどその時期です。どのようなものを製造されたいかを非常に明確にご説明くださったおかげで、求めていらっしゃるマイカテープの厚さや性能レベルを伺い知ることができました。正確に情報の開示と提供をしてくださったおかげさまで、最大限にご要望に寄り添うご提案ができたと捉えています。なかなかそのような対応をしてくださるメーカー様はいらっしゃらないので、私も嬉しくなり、冨士電線様専用の製品をご提案するなど、出来る限りのことはさせて頂きました。
岡崎様
岡部マイカさんの売上が下がるような要望をしてしまって申し訳なかったです…。ただ社内でも、製造過程で何か改善できることはないかと、ありとあらゆることを模索していたんですよ。評価機器も持っていませんでしたので、理論で摩擦係数を計算したり、松脂が滑り止めの役割を果たしてくれないか実験したり、ね。
茂木様
無事開発に成功した「840度に30分間耐えられるケーブル」は、一時期シェア50%にまで達し、当社にとっても大きな実績となりました。
原田
メーカー様の開発費用を抑えるために当社で何ができるだろうかと考えた末、当社であらかじめ耐火テープの対火特性の評価を行い、品質保証をしたうえで製品をご提供する方法を考えました。電気炉を用いて簡易的に行った評価方法で、当社ではこれをSP法と呼んでいます。これを確立させるまでに、ゆうに10年間かかりました。SP法を活用した評価により、対価試験炉を自前でお持ちの企業はもちろん、お持ちでない企業に対してはコスト面、品質面で大きな貢献ができるようになりました。
岡崎様
岡部マイカさんの方で評価性能を年々上げてくださったおかげで、その評価を信じて多くの判断ができるようになり、結果的に開発コストは下がりました。そして、その後も何度も試作・打ち合わせを繰り返し、開発に成功したマイカテープがMAT-1PMSです。この開発成功を皮切りにシェアは右肩上がりを続け、今では耐火ケーブルのシェア現在全国1位を達成する事が出来ています。そしてこれを境に、今までのお付き合い以上に、お互いに隠し事をしない、本格的に技術協業のつながりが強くなりました。
その後、耐火ケーブルの進化とともにマイカテープも進化し、一時間耐火ケーブル用のマイカテープの開発も当然のごとく岡部マイカさんにお願いする事としておりました。
一時間耐火ケーブルの開発が、業界に新常識をもたらす。
茂木様
今回開発した一時間耐火ケーブルは、従来の30分耐火ケーブルから仕様・価格を大きく変えず一時間の耐火性能を確保する事がミッションでした。お客様へ強いる負荷を極力減らすためですね。結果として、従来の30分間840度耐えられるケーブルから、60分間925度まで耐えられる画期的なケーブルの開発に成功したわけですが、並大抵な取り組みではありませんでした。一番の課題は、既存のマイカテープを使用した場合、使用枚数や厚さを増やさなければならない点でした。このため、本質的なアプローチができず、ガラスマイカ、合成マイカ等を使用し実験を繰り返すものの、大きな特性向上は見られない状況が続きました。そして、新たなマイカテープの開発がスタートしました。
原田
単純にマイカを厚くするなどの対策では能がないと思い、ナノシリカという素材に着目しました。ナノシリカは、マイカの絶縁性能を向上する機能を持ちます。ただ、新しい素材ゆえに、均等に塗布する技術や装置がありませんでしたので、開発過程では苦労しましたが、何とか成功させることができました。
茂木様
最初は既存のマイカテープを使用して何とかしようと考え、今の工程ではできないようなトライアルを無理やり進めていたのですが、耐火試験に受からず途方に暮れていました。そこで岡部マイカさんにご相談し、ご提供頂いたのがナノシリカを塗布したマイカテープだったのです。ご提供頂いてからは比較的スムーズに開発が進みました。
岡崎様
ここでも岡部マイカさんの評価方法が生きているんですよ。試験法が確立したというお話があったと思いますが、その試験結果から、ある程度新テープの性能や可能性について判断できました。試験のノウハウや精度が高まったことで、成功のめどが立ったことが、開発をスムーズに進められた要因だと思います。
岡部
そのように言って頂いて心からありがたいです。私も冨士電線様とお付き合いさせて頂いて、仮説と実証の重要性を深く学ぶことができました。マーケットシェアNo1を達成されたあとも、常に新しい着眼点を持ち、画期的な取り組みをしていこう、マーケットを自分達でつくっていこうという話は常にさせて頂いていました。
「ナノシリカをマイカに均等に塗布する技術を使ったケーブル」につきましても、共同で特許技術登録させて頂いたのですが、こちらもその取り組みの一環だと理解しています。
今後も続く、両社の二人三脚物語。
岡崎様
まず、最後まであきらめないタフな精神力や粘り強さ、チャレンジ精神が強いところが素晴らしいと思います。そして何より、そのスピリットを現場の全員が理解し、全員が同じ方向を向いて実現しようとする姿勢に感服します。また、これは今初めて茂木に話しますが、自分達で考え、自分達でやり遂げる力を養ってもらいたかったので、担当の方とタッグを組んで一緒に乗り越えて欲しいと考えていました。
今後も、今回のように同じ目標に向かって一緒に立ち向かうパートナーであってほしいと願っています。
茂木様
開発を進めるのに必死で、岡崎工場長の想いにまで気が付いていませんでした…(笑)
でも、開発テーマを実現するために、1つのハードルを二人で乗り越えていったという感覚は強くあります。
原田
弊社の若手も今回の取組を通じて大きく伸びてくれました。お互いに成長しあいながら協力しあう姿が素晴らしいなと感じます。なによりも、常に弊社を一共同開発者として接してくださるので、自分達のことのように一喜一憂できる、稀有な存在でいらっしゃいます。
岡部
冨士電線様とわが社の大きな違いは、「任せる」「やらせてみる」ことに対する考え方です。任せるためには、任せる側に大きな勇気が必要となります。私も思い切って、今回、若手に任せる決断をしました。その結果、目標を達成できたことを嬉しく思います。
岡崎様
ありがとうございます。新しいことを一緒に発案し、一緒に達成するのは、本当に楽しいですよね。
岡部
私は、冨士電線様が語る夢に強く共感しています。以前冨士電線様は、業界No1になりたいと熱く語ってくださいました。であれば、弊社がNo1にして見せると必死に頑張り、目標を達成したら我がごとのように喜ぶ、その流れが自然にできあがっていました。
社内にもそれが自然に伝染し、全員が私のやりたいことに対して協力してくれました。
冨士電線様は、業界No1になってなお、新しい夢を見ていらっしゃいます。その目標を、立場を超えて共有してくださる、それが私たちの原動力です。今後も、冨士電線様の傍らに岡部マイカありと感じて頂けるよう、精一杯のことをさせて頂ければと考えています。
記事で紹介した製品情報はこちら
- 火災時の通電可能時間が従来の30分から60分へ倍増。
- 従来品と同等の外径・重量・取扱性を保持。
- シースには、ポリオレフィン系の材料を使用しているため、燃焼してもダイオキシンやハロゲンガス等の有害物質を発生しません。
- ケーブル燃焼時、煙の発生が少なく、有害なハロゲン化水素ガス及び腐食性ガスを発生しない等の特性を兼ね備えています。
- 現行告示/規格にも対応しており、従来と同様な敷設環境にも対応可能です。